落ちていく猫。レジリエントなリーダーシップの手本として、これ以上のものを知りません。
あの有名な連続写真を、ご覧になったことがあるかもしれません。5枚のコマ、1回の落下、そして完璧な着地。猫は仰向けのまま宙に投げ出され、すべてが不利な状態から始まります。コマを追うごとに、体を回し、伸ばし、体勢を整え、狙ったとおりの場所に降り立ちます。足から先に、落ち着き払って、もう次の一手に目を走らせながら。
よく観察すると、そこに3つの原則が働いているのが見えてきます。

猫は、状況を受け入れています。この一戦は、重力の勝ちです。猫はそれを、闘う相手ではなく、扱うべき事実として受け止めます。持てる力のすべてを、抗議ではなく着地に注ぎます。レジリエンスはここから始まります。現実を、早く、はっきりと見ることからです。
どこに降りたいかを、知っています。足は下、地面はその先。この定まった基準点が、空中のひとつひとつのひねりに意味を与えます。自由落下のさなかにあるリーダーにとって、ビジョンが果たすのはまさにこの役割です。落下が混沌としているとき、動きに一貫性を与えるのは、目指す着地点なのです。
そして、そこへたどり着くしなやかさを持っています。空中で猫が頼れる道具は、自分自身だけです。背骨、しっぽ、本能、タイミング。受容とビジョンを実際の着地へと変えるのが、このしなやかさです。
フレームワークの原点
この見立てには、しっかりとした知の背骨があります。ハーバード・ビジネス・レビューのシニアエディターだったダイアン・クーツは、名高い論文「How Resilience Works(レジリエンスはいかに働くか)」(2002年5月)で、同じ3つの特性を描き出しました。執筆の背景には、9.11と景気後退の直後という時代がありました。なぜ、立ち直る人と会社があり、折れてしまう人と会社があるのか。世界がその問いを切実に投げかけていた時期です。
クーツの答えは、驚くほど古びていません。レジリエンスの高い人は、否認という心地よさに逃げず、現実を正面から見据えます。そして、深い意味と方向の感覚を持ち、それは多くの場合、揺るがない価値観に根ざしています。ここで彼女が引いたのが、精神科医でホロコースト生還者のヴィクトール・フランクルです。著書『夜と霧』(原題 Man’s Search for Meaning、1946年)は、目的を持つことが、最悪の状況にあってなお人を支えることを示しました。さらに、手元にあるもので即興する力。人類学者のクロード・レヴィ=ストロースは、これをブリコラージュ(1962年)と呼びました。欲しい道具が揃うのを待つのではなく、いま実際に手の中にある材料で解決策を組み立てる力のことです。
クーツの指摘でもっとも鋭く、いまも繰り返し立ち返るのがこの一点です。本物のレジリエンスには、3つすべてが揃っていなければなりません。ビジョンのない受容は、あきらめに変わります。受容のないビジョンは、希望的観測に変わります。そのどちらも欠いたしなやかさは、空中でもがいているだけです。
足元が抜けた年
昨年、このすべてを実地で試すことになりました。
当時は大手製薬会社でプロダクト組織を率いており、この先が大きく荒れることは分かっていました。大規模なレイオフの気配が、正式な発表のずっと前から、誰の肌にも感じられるかたちで迫っていたのです。不確実性は、何かが決まる前から組織を傷つけます。集中は散り、廊下の立ち話が増え、優秀な人ほど、築く手を止めて身構え始めます。
そこでチームのオフサイトで、レジリエントな(セルフ)リーダーシップの原則を、メンバー全員と共有しました。落ちていく猫の姿を、一緒にコマごとにたどりました。状況を受け入れる。ビジョンを手放さない。しなやかであり続ける。そして、それまでどのチームにも打ち明けたことのない個人的な話をひとつしました。「プランBの封筒」の話です。
何年も前、人生がひどく不安定だった時期に、腰を据えて自分のプランBを書き出したことがあります。いまの道が崩れたら、何をするか。どこへ行けるか。何で暮らしを立てられるか。どんな未来なら、まだ自分に誇りを持てるか。書き終えた紙は封筒に入れ、封をしました。すると、その封筒が存在するというだけで、日々の立ち方が変わったのです。封筒は、言葉にできないほどの恐れを、具体的な手順を伴う具体的なシナリオに変えてくれました。着地をすでに思い描けていたから、落下を直視できたのです。これこそが、もっとも実践的なかたちのレジリエントなセルフリーダーシップだと、チームに伝えました。落ちる可能性を受け入れる。降りたい場所を決めておく。そして、その瞬間が来たら身をひねれるように、自分を整えておくことです。
そのオフサイトの数週間後、その瞬間はやって来ました。チームは大きな打撃を受けました。大規模なレイオフで、人員は50〜60%削減されたのです。
この規模の削減は、チームの多くを足元からなぎ倒していてもおかしくありません。実際、多くの組織ではそうなります。けれども、目の前で起きたことに、深く心を動かされました。もちろん、悲しみはありました。受容には、悲しむことも含まれます。それでもみんなは、変化のさなかで正気と前向きさを保ち、軸を失いませんでした。残った人たちは、大きく姿を変えた会社の中で自分の足場を見つけ、築くことを続けました。去った人たちは、顔を上げ、進む方向を見失わないまま歩き出しました。この落下を、物語の終わりではなく、空中のひとコマとして扱ったのです。のちに何人もが教えてくれました。いちばん苦しかった数週間に支えになったのは、あのオフサイトでの対話と、あの封筒のイメージだったと。
原則が機能したのは、落下の前にすでに根づいていたからです。立ち直りの反射は、あらかじめ鍛えておくものです。空中で学び始めるのでは、遅すぎます。
落下こそが訓練
忘れがちなのは、ここです。転げ落ちること自体が、訓練なのです。立ち直りの反射は、落ちることを通してしか育ちません。キャリアの中の不穏な揺れ、組織再編、つまずき。本物のリーダーシップに欠かせない直感、謙虚さ、落ち着きは、そうした場面でこそ鍛えられます。荒っぽい着地のひとつひとつが、次のひねり方を教えてくれるのです。
足元の地面を何度でも引き抜いてくるこの世界で、私たちは、望む以上に頻繁に宙に浮いています。だからこそ、この猫の姿をそばに置いてください。状況を受け入れる。降りたい場所を知っておく。落ちながら身をひねれるだけの、しなやかさを保つ。
そして、地面がまだ固いと感じられるうちに、自分のプランBの封筒を書いてみてください。開ける日は、一度も来ないかもしれません。それでいいのです。この封筒の本当の仕事は、封をしたその日に終わっているのですから。
猫は、重力と和解します。そのうえで、着地を覚えるのです。
私たちにも、きっとできます。

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